京都地方裁判所 昭和37年(ワ)399号 判決 1963年9月30日
原告 国
訴訟代理人 山田二郎 外五名
被告 小杉トミ 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、成立に争いのない甲第一号証および証人山元茂、同菱田栄美子の各証言によれば、請求原因一の事実並びに訴外菱田の資産は皆無に近く、原告において租税債権保全の必要のあることが認められ、この認定を左右する証拠はない。
二、次に、本件不動産がもと訴外菱田の所有していたものであり、かつこれに原告主張の各登記のなされていることは、当事者間に争いがない。
三(一) 原告は、本件不動産につき訴外菱田から被告小杉になされた本件所有権移転登記は、その原因たる売買ないしこれに類する所有権譲渡行為が虚偽表示となるので無効であると主張する。
成立に争いのない甲第二ないし第四号証各記載の供述(但し、後記排斥の部分を除く)、第五、六号証、証人大島宗男および同中川喜久の各証言、同菱田栄美子および同山元茂の各証言の一部を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、
(1) 訴外菱田は、かつて先夫の被告金庫に対する債務につき約六干五百万円の保証債務を履行したことがあつたが、これが履行のため、訴外岡田武から金三千万円を借受け、同時に本件不動産につき、右債務の担保として停止条件付代物弁済契約を締結していた。
(2) ところが訴外菱田は、訴外岡田に対する右債務の不履行によつて本件不動産を失うことを恐れ昭和三五年十月頃、知人の夫で、被告金庫と関係のある訴外中川喜久を介して被告金庫に対し、本件不動産を担保に金三千六百万円の融資を申込んだ。
(3) これに対し被告金庫は、以前に監督官庁たる財務局から訴外菱田との取引の不良性を指摘、注意されたことがあつたため、訴外菱田に貸付けることはできない旨返答したが、訴外菱田の強い要望もあり、本件不動産にはなお担保価値があつたので、本件不動産につき、その所有名義を訴外中川喜久またはその親族に移転したうえ、これより被告金庫に担保として提供するのであれば、大口貸付を避けるため担保提供者ほか二名の名義をもつて、三口合計金三千六百万円の貸付を行つてもよいことにした。
(4) そこで、その頃訴外菱田、被告金庫、被告小杉の代理人訴外中川喜久等との間で、本件不動産の所有名義を訴外菱田から右中川の義姉たる被告小杉に移転したうえ、これにつき、被告小杉より被告金庫に対し、抵当権を設定し、併せて停止条件付代物弁済契約を締結すること、これに対し被告金庫は、被告小杉名義で金二千万円、右中川の親類訴外石川清之助名義で金八百万円、おなじく訴外木谷次三郎名義で金八百万円の三口合計金三千六百万円の貸付を行うこととし、訴外菱田は右貸付債務を連帯保証すること、この貸付金は訴外菱田において便用することとし、これより訴外岡田武に対する債務弁済に当てる旨の合意が成立した。
(5) この合意に基き、昭和三十五年十月三日、被告金庫の顧問司法書士訴外長谷川の事務所に、訴外菱田、被告小杉の代理人訴外中川喜久、被告金庫営業部長訴外大島宗男および同業務部長訴外雄高、訴外岡田武の代理人訴外鎌田某等が参集し、全員了承の下に、訴外菱田が被告小杉に同日付で本件不動産を売渡し、その登記手続をする旨の書類その他前記(4) 認定の合意に副つた関係各書類、登記申請書類等が作成され、同時に被告金庫側から金三千六百万円が訴外菱田の前に出され、その中から同訴外人によつて、登記申請費用、保険料等が訴外長谷川に支払われ、またその大半は訴外鎌田に権利書と引換に交付され、その残額も訴外菱田において受領した。更に右書類に基いて、本件各登記がなされた。
(6) その後の昭和三十六年一月頃、訴外菱田と被告小杉との間に、本件不動産は被告小杉の所有するものであり、訴外菱田は同年十二月末日までに金三千六百万円を被告小杉に返還できないときは、本件不動産を明渡す旨の和解調書が作成されている。
以上の事実を認めることができ、前顕甲第二ないし第四号証の供述記載並びに、証人菱田栄美子、同山元茂の各供述中右認定に反する部分は、前記採用の証拠に照らして信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
(二) 右認定の事実によれば、本件貸付は、経済的には訴外菱田に対する融資としてなされたものであるが、法律上は、被告金庫より被告小杉ほか二名の訴外人に対してなされたうえ、被告小杉によりこれを一括して訴外菱田に貸付けられ、これに対応して本件不動産の所有権は、売買によつてではなく、被告小杉より被告金庫に対する担保提供を法律上可能にし、かつ被告小杉の訴外菱田に対する右貸金債権を担保する目的で、訴外菱田より被告小杉に譲渡される形式がとられたものと解される。
そして、以上の事実関係のもとでは、訴外菱田において現実に融資を受けてその目的を達している以上、被告小杉に対する右譲渡行為について、同被告と訴外菱田との間の意思と表示とに不一致があり、したがつて真実所有権移転の法律効果が全く意欲されていなかつたものと断定することはできない。
(三) なお、前記採用の各証拠によれば、被告小杉は病身、七十歳の老人で、本件以外に被告金庫と何等取引もないこと、右貸付後において、訴外菱田と被告等との間に、あたかも訴外菱田が被告金庫に対する直接の主債務者であるかのような交渉がなされており、また本件不動産の固定資産税を右菱田において負担したことのあることなどの事情が認められるけれども、本件貸付および本件不動産の譲渡が単純な貸付、売買ではなくして、前記認定の事実関係の下になされたものであることからみれば、右認定の事情が直ちに前記判断の妨げになるとは解し難く、その他右事情と併せて、以上の結論を覆し本件不動産の譲渡が虚偽表示によるものであるとの事実を認めさせる証拠もない。
(四) したがつて、原告の虚偽表示の主張は理由がなく、本件不動産の所有権は、訴外菱田より被告小杉に有効に移転したものといわざるを得ない。
四、もつとも、本件所有権移転登記が売買を登記原因としてなされたものであるにもかかわらず、訴外菱田と被告小杉との間に売買の事実のないことはすでに判示したとおりであるから、右登記は、権利移転の態様において符合しない点があるといえるけれども、前述のとおり被告小杉に真実所有権が移転されている以上、右登記は、現在の真実の権利関係に合致するものであり、他にこれを無効とすべき特別の事情も認められないから、結局有効と解すべきである。
五、そうすると、原告において、単に、訴外菱田に代位することにより、虚偽表示を理由に本件所有権移転登記が無効であることを前提として、同登記、本件抵当権設定登記および本件仮登記の各抹消登記手続を求める本訴請求は、いずれも理由がないことに帰し、失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小瀬保郎)